伊藤セツ研究BLOG

このブログは、当初は、勤め先の教員紹介に付属して作成されていたホームページ。定年退職後は、主に、教え子たちに、私の研究の継続状況を報告するブログに変えて月2-3回の更新。
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八王子の反原発行動にちょっと参加して
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昨、5月11日、「原発ゼロへ八王子の会」が主催する「3.11を忘れないバイバイ原発パレード」に参加しました。150人ほどで八王子の目抜き通りを1時間パレードしました。
→ http://nonukes.tsunagarou802.com/

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地域では、空間放射能の測定会もやっています。みなさん自前で買ったさまざまな種類の測定器をもって、平均値を出したり、比較したりして監視しています。
食品の放射線量を測定する「ハカルワカル広場」というのを、市民の手で運営しているグループもあり、心配な食品をもちこんで納得してから食べています。
                  ◎   ◎   ◎   ◎   ◎

ところで、今日午前わが家の野生の庭で「事件」がありました。
庭に面した机からふと眼を上げると、柿の木に据えた鳥の巣箱(2月15日のブログ写真)の屋根に、白と黒の模様がついたどこかの猫が上がって、片前足を、巣箱の丸い穴の入り口に思いきり伸ばして入れているではありませんか。
数日まえから、巣箱で四十雀の卵が孵って、雛が居るらしいことは気付いていました。これは大変と思い、二階に駆け上がって、Yに危険を伝え、Yがまだズーズーしく足(手?)を突っ込んでいる猫をめがけて、ベランダの掃除道具で威嚇。するすると木から下りて逃げる猫を道路まで追いかけましたが雨水道の穴から逃げ切ったそうです。しばらくして巣箱の穴から親鳥が出てきました。親がいたところに、足(手?)を突っ込んでいたのですね。
野生の動物の世界では当たり前の生存競争なのでしょう。でも、猫が木に近づけないように工夫をしました。猫も野性を失っていなかったのですね。
そういえば、うちのフー吉も若いころ、雀のあかちゃんのようなのを咥えて帰ってきたことがあります。
フーちゃん、猫はねずみをとるものよ。でも狩りをしてきたのね。えらいね。といって褒めたのを思い出します。それから、やもりやせみなどを家に咥えてきては遊んでいたこともありました。そのフー吉君は、今17歳、犬猫の年齢表にも載っていない年齢になりました。ときどき庭に出て縄張りを確認していたのに今日は何をやっていたんだ!フー吉はもう木には登れません。タラときたら何と19歳!

四十雀の親は一日中餌を運んできて本当にお疲れ様です。口に咥えている虫も、見つかって運のつき。野生の庭は、そういうわけで、とても手を加えられません。雑草の花が次々咲いて虫も寄ってきているのです。
なぜ、巣箱などつくって、四十雀を応援し、家の猫をかわいがって、あの勇敢な若い野良猫(?)を、追っかけているのかわかりません。

しかし、庭の「事件」は、まあどうでもよいことですが、「原発」はどうでもいいことではありません。
今日、岩手のわかめを買いました。昨年9月岩手で移動図書館のボランティアをした時、「これは乾燥したわかめ」といって折り紙を切って遊んでいた少年、「遠野の人は、陸前高田にわがめをもらいにきた」といった方のことを思い出しながら・・・。
署名、寄付金。パレードや測定参加と、わかめを買うだけ?考えこんでしまいます。

| 近況 | 18:15 | - | - |
気の多いこと
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カラスノエンドウ

新年度は、これまでにパターン化した日常生活の内容を「増やさぬように、減らさぬように」と決めたのに、1カ月もしないうちに、ほとんど自分から破って増やしてしまいました。

一つは、もう依頼原稿はどこにも書かないと決めたその原稿を、経済統計学会ジェンダー部会ニューズレター25号(2012.4.30発行)に、依頼もされないのに投稿してしまったことです。テーマは、前回のブログで書いた、19世紀後半から20世紀にかけての、歴史的ドイツ帝国統計からジェンダー・イッシュウーをどう読みとるかについてですが、これはたまたま、自分の研究の計画で、そこを取り組まざるを得ず・・・・・・ということで、新しい「ジェンダー史」研究批判の意味もありました。

二つは、これは依頼されてですが、地域のある女性組織の委員になり(二年任期)、女性と人権・ジェンダー平等専門部を担当して、6月にジェンダー統計の学習会をやろうなどと火をつけてしまったことです。NWECの『女性と男性の統計』を使いますが、たとえば、Eテレの「25分、4回、100分で学ぶ源氏物語」式を要求されるわけで、準備に相当の時間とエネルギーを使うことはわかっているのに−。

三つは、火曜日隔週、月二回午前、と決めていた特養老人ホームの「傾聴ボランテイア」を、考えるところあって残りの火曜日も、家から徒歩15分のところにあるディケアサービスセンターでの「傾聴」で埋めてしまったことです。上の写真のカラスノエンドウは、新しいボランテイア先への道端に咲いていました。4月からもう3回行ってきました。これは、研究と関係ないと思いますか?高齢者への高齢者によるボランティア問題を、いずれ、とことん追求したいと思います。

太極拳は7年を終わるところです。さすがに順番は間違えなくなりましたが、細かなところ、先生の指導のレベルが上がってきたように思います。体重の移動はこつがわかってきましたが、片足立ちのところがまだぐらつき、もう一方の片足を高く上げることができません。軸足をしっかりさせること。生き方と同じと思い、まあ、精進するしかありません。

| 近況 | 21:10 | - | - |
ヒメオドリコソウとドイツ帝国統計
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 前に書いてから、わずか10日あまり。このところあまり庭に目をやらずに仕事に没頭していたら、庭の雑草はすでに手に負えないほどの直前までものすごい勢いでのさばり出しました。
上の写真は、家の庭にもありますが、散歩道で群生しているのを写した「ヒメオドリコソウ」です。その他、日に日に色とりどりの数えきれない野草が、競って出現する道端から目を離せません。

 しかし、目の前の自宅の庭には、目もやらずに、このところ、ドイツ帝国のジェンダー統計と取り組んでいました。1882年、1895年、1907年の古い『ドイツ帝国職業・営業調査』を日本に紹介した統計学者たちに敬意を表し、図書館で膨大な報告書原本を閲覧し、一部それらのコピーの統計いじりに熱中していました。
 1879年の初版から、1909年の最後の版まで、実に30年もベーベルの『女性と社会主義』が改訂を重ねる背後に、世界にも有数のドイツ帝国の社会・経済統計の発展があったことを確認しました。  
 1885年から執筆活動を始めたクラーラ・ツェトキーンの理論的バックボーンにも、こうした帝国統計の発展がかかわっていることでしょう。
 実は、ドイツ「ジェンダー史」研究者の、この統計利用にかねてから疑問を持っていたのですが、なかなか向き合えないでいたのです。今回いろいろのことがわかり、わかった分だけわからないことも増えました。
 しかし、私の研究に避けては通れない個所だったので、踏みしめて通ってみたのですが、あらためて研究という仕事の恐ろしさ、底知れなさを感じます。

 大学図書館や、大学研究所図書館には、インターネットでアクセスし、事前にかなりの知識を得てから訪問しますが、これまで、私を雇ってくれた大学は、私の研究にとっては、大学とは云えなかったなと思ってしまいます。自分の時間を取り戻し、こうした環境に身を置くことを許されるのは、私はやはり、定年を待つ以外どうしようもないことだったのだと改めて思いました。

 いいではないですか。今、それができているのですから。そうです。その事実にひたすら感謝します。しかし、この状態がいつまでも継続するとは思っていませんので、今を急ぐしかないのです。
 ヒメオドリコソウは、5月まで咲いている花のようですが・・・。
 私も毎月、とりのこしていた研究の花を、道端の草花のように咲かせて生きましょう。
| 近況 | 22:04 | - | - |
野生の庭の動くのを見て
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2週間もしないうちに、梅の花は早々と姿を消し、匂いも残しません。その根元で、新しい木の芽と雑草とがせめぎあって伸びています。近寄ってみるとこんなかわいい花がー。
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わが家の野生の庭は一日たりとも同じ顔をしていません。庭に面した机で仕事をするのは、ここに引っ越してきて30年で初めてのことなので、とても新鮮な気がします。

この2週間。私だって昨日の私だった日は一日とありません。何かがわかり、その先がわからなくなります。法政大の図書館に、「ドイツ帝国統計」を閲覧しに行きました。自宅のネットで、どの大学に何があるかを見ることができるのは助かります。首都大学東京にもあるのですが、でも本館にではありません。
本館なら旧教員の特典があるのですが、法政大の図書館は市民としての利用です。

ここに深入りするかどうかが考えどころです。何も原資料そのものからでなくとも、加工されているものからでもにいいだろうと思いますが、加工されているものが掲載されているはずの「ドイツ帝国統計年鑑」にたどりつけないのです。これも本館ではなく個別の学部の資料室に一部はあるらしい。

クラーラの時代の背景をジェンダー統計で把握しておきたいということが主目的ですが、それ以上に、新しい「ジェンダー史研究」の、理論と統計利用の仕方の批判をしておかなくてはと思ってのことです。

また一方、この2週間、クラーラの終焉を書くために1920年代から30年代のソ連が、当時ソ連を旅行した知識人にどう見えていたか、それはなぜかという問題へも手を出さざるをえず、思いがけない文献にも出くわしたり、教えていただいたり。それとの関連でクラーラの足跡で唯一行っていないコーカサス地方への思いが募ります。

あれこれ気の多いことで、冬に引き締めたはずの計画が、野生の庭の生命の躍動にあおられて、だんだんふくらんできてしまいます。4月はもう気の赴くままにいくことにします。
| 近況 | 00:35 | - | - |
わが家にも梅の木があった
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4月1日、昔の作家の仕事部屋のような掘りごたつの和室の机で、庭に向かって仕事をするようになって2カ月足らず。障子をあけて、さらにガラス戸をあけると、何といい匂い!
わが家にも梅の木があったのでした。丁度30年前、ここに引っ越した時、私はどさくさにまぎれて桃の木を植えたつもりだったのですが?そしてそのあと自分でも信じられないことですが、ろくに見もしなかったのです。
この木は、2月から芽ぶいていたのですが、野鳥たちがやってきて盛んに芽をついばんでいるようなので、芽は全部なくなってしまいそうと思っていたら3月末から白い花が咲き始めました。

ここは道路に面していなくて、手入れもしていないので、小さな野生の空間?柿の木に数年前から取り付けた巣箱にこのごろ四十雀が頻繁にやってきて中に入っていきます。もしかして住み着いてくれたのか?野ら猫かどこかの飼い猫かわからない猫もやってきてゆうゆうとこの小さな空間を歩き回り、たまった雨水などを飲んでいます。もちろん、うちのフー吉はわがもの顔に巡回して外から私の方をみて「ここから家に入れろ」と要求します。

雑草がものすごい勢いで、庭の土を揺るがしています。これからどういうことになるか恐ろしい。
いよいよ春4月です。もうわかっています。やるべきことは。

昨日、『ローザ・ルクセンブルク全集』第1巻(12000円、全16巻、御茶の水書房)を手にしました。この日本語全集刊行のどこが新しいかについては、興味のある人は「刊行のことば」や「あとがき」を読んでください。画期的企画と思います。私はこの第1巻で、ローザがポーランド語で書いた論稿を日本語ではじめて読むことができました。女性問題については関心がなかったといわれる、クラーラの親友でもあるローザが、ポーランド語で、女性・子どもの労働問題と保護について書いていたのです。
執筆中の私の原稿は、1892-1896年をあつかったこの第1巻でまた豊かにされるでしょう。

4月1日。よく晴れた日曜日。定年退職4年目の初日。ローザの全集第1巻を手にスタートです。
| 近況 | 10:17 | - | - |
春分の日:オオイヌノフグリがあちらこちらに

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今年の道端の草花についに出会えました。一か所は、散歩道に。一か所は大学セミナーハウスの炭焼き小屋の近くに。今日、春分の日、傾聴ボランティアで、道端の草の名を教えて下さる「車椅子」の、私にとっての「先生」に報告しました。「ブルー系の小さな花ね。オオイヌノフグリだ」とすぐに名前を教えてくださいました。これから、道端はまた、いろいろな草花でにぎわうことでしょう。傾聴のスキルを、このへんで今一度アップする講習会に通わなくてはと思いながら今年は断念しました。

春分の日。昼夜の長さがほぼ等しい日。この日から少しづつ温かくなり、明るい時間が長くなり、梅雨がくるまでの数カ月、東京にも心地良い季節が訪れるはずです。今は寒い書庫にも、これからは出入りしやすくなり、私の動作も少しは機敏になるでしょう。この間を狙って資料をすべて処理して、本文と文献リストに入れてしまわなければなりません。真夏は例年、書庫は暑くてじっとしてはいられず、思考も深めるどころか暑さと闘うのに必死になってぼやけてしまいますから。
いまやっているテーマに関しては、来年ということは、もうない。そう決めてしまいましたから。

春分の日。ボランティアから戻って、まだ芽吹かぬ庭の柿の木をさっきからみています。そうです。野鳥が来るのを心待ちにしているのです。しかし、今日はどうしたことか野鳥が一羽も飛んできません。
オオイヌノフグリに出会えたから、野鳥の方は諦めて、昨日投げ出したクラーラの続きに取り掛かりましょう。そうそう、散歩道では、鶯が、春だ、春が来たとさえずり始めました。

| 近況 | 14:24 | - | - |
東日本大震災1年の3.11
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2012年3月11日の14時46分、私は地域のシニア女性と上記集会に参加して、東京、井の頭公園にいました。全国で開催される無数の行事のどれかに参加せずにはいられないという思いの地域の人々を乗せたバスで、一番近いここへやってきたのです。集会の後、15時から吉祥寺駅に向けてパレード。主催者発表8000人の長い、長い列でした。

そのあと、夜に新宿で開催された、「伊藤・天野院ゼミの会」に行きました。3.11で大船渡の実家が被災した私の最後の教え子、私が博士論文の主査を務めた吉田仁美さんの日本社会福祉学会学術奨励賞(単著部門)受賞(昨年10月)のお祝いの会をまだみんなでやっていなかったのです。この受賞は本当に快挙で、私の教師生活を振り返ってももっとも誇らしい出来事の一つです。お祝い会を延ばし延ばししているうちに、天野氏が主査、私も副査に加わった今井美樹さんの学位論文をもとにした大著が出版され、さらに天野氏が長く関わった障害者福祉施設、社会福祉法人「藍」の主宰者のすばらしい実践についての著書も出版されて、それもお祝いに含めて、なつかしい、なつかしい顔ぶれが集まりました。

そろそろ私もアウトプットをしなければいけないなと強く思いました。いろいろな知識を得て、新しい発見に喜びを感じ、認識を深め、誰もがつくったことのない年譜・年表を作成してみて納得し、内容全体の章節構成が次第に固まり、すこしずつ自分にだけ見える形になったとしても、パソコンの中にある間は、つまり、公表できるところまでこぎつけなければ、趣味なのか自己満足なのか誰にもわからずじまいです。

ここまできて拙速は避けなければなりませんし、もともと急げるようなテーマではありません。それでも「とにかく早く出してください!」という天野氏のどぎつい一言は図星であることは事実です。

昨年の3月11日、この机で、Die Gleichheit の中期とまさに取り組んでいて、14時46分に、ただならぬ揺れで外に飛び出しましたが、今年は、昨年と変わらぬこの机で、クラーラの活動の最後に近づいています。この段階は困難な問題が多いのですが、なんとか乗り越えなくてはなりません。被災地の復興と重ね合わせるのもおこがましいことですが、合目的的時間管理で、少しでも社会科学者としての、今の時点での関連する義務を考えて前に進むしかありません。 
| 近況 | 01:35 | - | - |
年度のしめくくり3月に入って

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2月の末、山梨県北杜市の恒例のホテルで、美しい山々を眺めて感嘆していたら、甘くみていた大雪警報に追いかけられてあわてて帰ってきました。退職後3回目の確定申告書を作成しましたが、まず3年間で収入の構成が完全に変わり、所得税控除申請の項目も、現役時代と明らかに変わっているのを思い知らされました。私の年金は、いろいろな事情でまだ満額に達していません。このごろ年金生活者向けの家計簿も出回っているので、何種類か入手してみましたが、どうも「これは」と思うものはありませんね。

ところで、年度締めくくりの3月に入り、師、新川士郎先生の「晩年大作を書こうなんて愚かな考えをもたず、・・・」という手紙のくだりを、あえて思い出しました。この手紙の文言にはもちろんその前後はあるのですが、それを省略すれば、師は、「いいことを書いてくださったなあ」と思い、ではそれに従ってやらせていただこうとにんまりしています。ということは、「このへんで、まとめの方向に向かっていいか」と、勝手に思うことを意味します。そうしないと間に合わないということもあって・・・・。何に間に会わないのか?それがわかりかねるのが人生というものでしょう。

退職後、机に向かっていて、これまでの在職中の私の姿勢は殆ど(全部とは云いませんが)研究というものではなかったなあと思うことしばしばでした。4月、まず、年間の研究計画を提出する。院生指導中心主義者だった私は、院生が内外の学会報告に間に合うような内容を設定し、それを審査論文にいつ提出するかを念頭に置いて、指導のプロセスとあわせて自分独自の研究を勘案して計画を作成しました。学会での報告、学会誌審査員とのやり取り、何としても審査をパスさせなければならない思いが先行して、内容的に妥協することもあり、ともすると研究とは、(院生が)「発表できる」よう指導するということそのものでした。私への何かの依頼論文も、とにかくそんななかで自分の業績につながるかを考えることを抜きにして引き受けることはできないというあさましさでした。3月、研究成果報告と自己点検を作成してみると、まあなんだか、ごたごた自分でもあきれることをあれこれやっています。これが研究?いや、とはいえないと思います。

それなら、いまやっているのが研究なのか?自分にとってはそうなんでしょうと思うことにします。定年後の最初の1年半は、結構ごたごたしていました。書庫の整理に4-5カ月、改訂教科書の編集に手をだしたり、依頼原稿や、講演をかなりひきうけていましたから。そのあと、すべてと手を切る宣言をして、1-2の例外はありましたが、一つのテーマに絞って、集中して1年半がたとうとしています。もちろん、生活の場としての地域での活動の時間は、それなりにたっぷりとってはいますが・・・。これは自分の納得の上で、あえて時間をとっているのであり、およそ、研究者らしからぬ、普通の研究者ならまあしないであろうことを、私はしているのです。

というわけで、研究というものの意味を考えながら、3月、お雛さまのかわりに(もともと、お雛さまなど、私はもったことはなく、3人の娘には保育園で飾るのをみんなで見ましょうということでもっていないのですが)、ドイツの大好きな小物を並べました。ライプツィヒ産の小さな素敵な本たちと、エルツ山地の木の小さな人形です。その一部を、(うまく写せない)写真で冒頭に入れました。
| 近況 | 00:22 | - | - |
客間に書斎侵入!
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立春の後もなお寒い今年。私は、仕事の場所を、従来の書斎コーナーにおさまりきらず、転々と変え、とうとう、いつ来客を通しても良いようにしておいた堀り炬燵のある和室に侵入してしまいました。必然的に机の周りは、書庫から運んだ資料をごたごた置くことになり)、やむなく別の机を近くに二つもってきて置いて、そこに多少は分類して並べて、足は掘り炬燵の中に入れたまま、手を伸ばせば必要なものに届くようにしました。ここまできてしまうと、来客にも、このまま、堀り炬燵をおすすめするしか方法はありません。炬燵の中まで本や資料は入って居ませんから・・・

障子をあけると、この写真のとおり、冬枯れの、風情のない庭ですが、野鳥が飛んできて、巣箱や餌箱、餌台を覗いたり、つついたりしています。

まるで、古き時代の作家のような気分ですが、これで我が家は家じゅう、本や資料を取り散らかし、その隙間で生活をしているといった感じです。古書・専門書は、図書館に出向く時間的余裕もなくなり、Amazonで購入できるものは、即注文してしまうというスタイルに変わり、今はやりの断舎利?とかいう、おすすめのライフスタイルとは、ひたすら反対の方にむいて生きています。

アラゴンは66歳の時「・・・私はあれこれのことを書くために猶予を求めるつもりはない。・・・・・私自身は小説というものを、私が生きた世界がどんなものであったかを、もはや知りえない人々にたいして私が残しうる唯一の価値ある形見分けだと思っている」と、1934年作『バ―ゼルの鐘』の1965年版の序文で書いています。また序文の最後で、「そんなふうにして、どこまでも続けていくつもり?」と、エルザ・トリオレに言われ(正確には「言ったかのようであった」)、「だがもうすこし辛抱してくれよ、私の恋人、辛抱、辛抱・・・」と答えています(稲田三吉訳)。

私は、私自身に向けて、そうつぶやいています。

アラゴンは1982年没です。




| 近況 | 10:00 | - | - |
希望の木の芽たちが山を動かす

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例年になく寒い2月です。「傾聴ボラ」でお話を聴かせていただいている、道端の草花に詳しい車椅子の方が、私に「道を歩いていても何にも花が咲いていないで、つまらないでしょう。でもね、山は今動いているんです。私にはこの窓から見ていてわかる。」といわれました。
山が動くなんてマクベスのようなこと、いや与謝野晶子のようなことを云う方だなと思いましたが、木々に近づいてみると本当なのです。地面には雪が残っているけれど、木々は確実に山を動かそうとしています。
空は真っ青。太陽がまんべんなく回って自然は今、春の準備中。 
     
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私は、クラーラ・ツェトキーンの生涯の「小下図」から「大下図」の途中まで描いてはみましたが・・・・
こだわっていた1921年とはさすがに無理やり手を切って、1924年を経て、1927年も苦労の末通り過ぎて、コミンテルンの第三期に入りました。70歳代に入って病気をたくさんかかえたクラーラが、例の問題の歴史上の有名人たちとむきあうこととなり、クラーラの21世紀のドイツきっての研究者(といわれる)、ターニア・プッシュネラートに、週刊誌の見出しよろしく、時流に受け入れられそうに、見事にネーミングされているのを見せつけられています。資料と、視点との関係について、私の立脚点をかためるために、しばし、足元を踏み直して、山くずれしないための準備をしています。
希望の木の芽たちといっしょにすすめていきたい!

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| 近況 | 15:14 | - | - |
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