伊藤セツ研究BLOG

このブログは、当初は、勤め先の教員紹介に付属して作成されていたホームページ。定年退職後は、主に、教え子たちに、私の研究の継続状況を報告するブログに変えて月2-3回の更新。
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2度目の福島、壊れたPCと、iPhone7と ― 定年後8年が過ぎて―

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iPhone7から 福島県富岡町富岡第二中前の無人の家と放置されたフレコンバッグ

 

3月20-21日、福島現地調査実行委員会主催の第6回目に参加した。福島は、2013年に、日本野鳥の会のツァーで行って以来のこと。

あまりに多くの事を見聞し学んだ二日間で消化しきれていない。

まず、最初に立ち寄った楢葉町宝鏡寺の早川住職の講話の「ふるさとはもうない」の一言はとても重かった。

政府が保障打ち切りのために進めている、帰還解除地域の杜撰な除染の状況をこの目で見て、「原発と人間の共存はありえない」との思いを強くした。道路を挟んで別れる帰還困難地域への立ち入り禁止の柵に、国と東電の無責任・非情さを見た。

バス内での現地の講師のお話から、築きあげて来た歴史と文化そして自然の破壊、「補償金」の名による人の複雑な分断の「闇」、それにめげずに100年先、200年先をを見据えて立ち上がる人々の勇気と智恵、連帯と希望の「光」が、私の中で錯綜した。放射線が人体に及ぼす影響についての科学者たちの論争の一端にもふれたが、人間はこの問題を何としても乗り越えていかなければならない。

「生業返せ、地域を返せ!福島原発訴訟」の結審の日の3月21日、福島地裁を囲む人間の輪の中の一員として加えていただいた。

参加者の交流会やバスの中での発言や討論、周りの方と交わす会話もこの調査団ならではのものであった。

冒頭の「ふるさと」論議から、WHOを含む国際的科学論議まで、帰りのバスなど4時間も少しの居眠りも許さぬ充実ぶり。

私は、毎週の「原発反対八王子金八デモ」常連者として参加したのだが、そういう活動も評価していただき、嬉しかった。

 

今週月曜に、夜中に、難航している進行中の原稿の第8章を途中まで書いて、ある程度の見通しが立ちやれやれと思って保存して寝て数時間後、立ち上がらない!!修理店にかけ込み、部品交換、修理、データ移行の時間を、お金で買って、一昼夜後には元に戻った。ああホッとした。クラーラ・ツェトキーンを書いていた時は、前のPCだったが一度もこのようなことは起きなかった。いろいろな危機管理ができていないことを思って、活断層の上に素手で寝ているような気がしていたのだった。何事も起こらないことの方が偶然という気がしていたらやっぱりこういうことが起きた。勿論データの保存はその都度やっているとはいえ、大きな仕事をしている時はいつもハラハラしている。

 

スマホの方はどうだ。「習うより慣れろ」といじくりまわしている。すこしづつ何やら要領が解ってきてはいるが、何度も失敗をしている。

失敗を恐れず、どういじっても壊れないだろうと勝手に思ってやっている。しかし、何という利口な機械だろう。

こんなものをいじっているうちに、定年後8年が過ぎた。信じられない速さである。この時間経過の速さと競争しながら、今の研究を完成させるのはかなり恐ろしいことである。1927年から1933年という今対象としている時期も時期である。しかし、目をそらしてはならない。しっかりとみすえて、これまでの私のもてるすべてを動員し、対象化して、この時期を書ききらなくてはならない。

こうして、定年退職後9年目に入ろうとしている。

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