伊藤セツ研究BLOG

このブログは、当初は、勤め先の教員紹介に付属して作成されていたホームページ。定年退職後は、主に、教え子たちに、私の研究の継続状況を報告するブログに変えて月2-3回の更新。
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定年退職後9年目の4月に

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津久井湖の満開の桜。退職後は毎年4月どこかで花見をしている。この写真は、私のiPhone7で宮澤賢治の一人語りクラムボンの会の林洋子さんがシャッターを切ってくれた。昨年1月の、八王子市長選挙で、五十嵐仁氏の応援を記念に立ち上げた「平和・くらし・環境 八王子学術文化の会」の第3回日帰りバスツァー「リニア実験線見学と春の忍野八海、道志みちを巡る」(4月8日)のコースの最後に立ち寄った場所です。

 

今、私は、山川菊栄研究を正中線に置きながら、何をしているかというと、市民運動をしているということになる。

活動頻度の高いものから書くと、毎週金曜日夜の反原発「八王子金八デモ」一常連、毎月の「No War 八王子アクション」、毎週一度の散歩を兼ねた地域ボランティア(富士山を見ながら)、月2回の特養老人ホームの「傾聴ボランティア」(大学セミナーハウス前を通る)、 「平和・くらし・環境 八王子学術文化の会」の運営委員、「八王子手をつなぐ女性の会」の中にできた「八王子市歌を考える会」の諸活動その他、数種類あるが書くのが面倒だ。そうだ。新しく「日本科学者会議八王子科学フォーラム」の運営にかかわることになった。

 

大学教員の定年後一般的な活動と思しき、講演や依頼原稿書きは、最初の数年はやったが、今は、原則としてお断りで、断るほどでもない報告とか、私が書いた方が他の人に頼むよりはいいかと判断するもの以外はひきうけない。もう飽き飽きしているからだ。今年に入ってからは、原稿は3本断り(国際女性デー関係まで断った!)、3本引き受けた(クラーラ・ツェトキーン、アウグスト・ベーベル関係のごく短いもの。少し長いものでも資本論第1巻とクラーラ・ツェトキーンとか)。

 

定年退職後も、学会活動、研究会活動を続けている方には一目置く。

しかし、私はメインの社会政策学会は名誉会員になって、とても思い入れのある会だが私はもうどうでもいい存在、日本家政学会は功労賞をいただいたら会費無料で会報が毎号届くが行く気はしない。生活経営学部会も名誉会員でここ数年ご無沙汰。ARAHEはいつか永年会員の会費を払ったから、機関誌は届くが、日本で開催しても行く気はしない。現役時代全力を挙げたものはもう十分との感じで、発展を祈るのみ。経済統計学会は今も平の一員で入会したまま。なぜだろう。教え子たちが専門でないのにとてもお世話になったという感があるからだ。でも近い将来退会するだろう。

 

研究会は、女性労働問題研究会だが、やむをえずまだ関わっている。閉会にするとか言っているから見捨て置けないからだ。

この会は、多分私はずっとやめないだろう。

 

正中線に研究を据えるということは、私の場合とてもよかった。ただし、加齢に伴う各種障がいにたいする構えが必要である。

これは、市民運動に就いても同じことが言える。要するに、心身の健康管理である。趣味でも、余暇でも、自由時間でもない。これは、自分に課す義務的時間である。

 

私の場合、月、水曜の午後、Kスポーツクラブへ行く。火、金曜は、ボランティアと「金八」デモで歩く。コールや歌はなるべく大きな声で。月曜の太極拳は大好きだが、それ以外、義務としてやっている。しかし、上記を含めて退職後の24時間は自由意志で自分が決めたことである。

不思議だ。どれを「やめた」といっても、今のところ「年金を払ってやらない」とは言われない。

 

すでに、給料をもらう労働から解放されて久しい身だが、自分の自由意志からも解放される日は来るのか。

なんとなく2度目の解放を憧れなくもないが、多分それは私が人間をやめざるを得ない最後の時なのだろう。

 

まあ、余計なことは考えないで、第8章まですすんだ今の研究をとりあえず完成させるよう、定年退職後の9年目をまじめに生きよう。

 

 

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