伊藤セツ研究BLOG

このブログは、当初は、勤め先の教員紹介に付属して作成されていたホームページ。定年退職後は、主に、教え子たちに、私の研究の継続状況を報告するブログに変えて月2-3回の更新。
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敗戦までたどりつき、占領下に入る

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こんなに大きなフー吉の顔をのせてしまっていいのかためらうがー。

このところ22歳直前のフー吉が、とても若返って、よく食べ、階段を下りたり上ったり、ベランダをうろうろ、庭を行ったり来たり、外の階段から2階へ上がって、猫専用入り口から家に入ったり、風呂場を覗いたり、元気である。その上、私が仕事をしているところへ来て、邪魔をする。要求は、「だっこしてほしい」ということなのだから驚く。この写真は、私の膝の上にいるところ。

一日に何回も、ちょっと遠慮がちに「ニヤオン」と呼びかけて近づいてくる。

 

そのせいとは言わないが、第8章を何とか終えてやっと、戦後の 第9章 占領下の日本 に入ろうとしたところ、約1週間、どうしても手が付かなかった。一行でも、一語でもという方針をずっと貫いてきたのに、それなのになぜか、空白が生じたのである。

 

理由はいろいろあったが、やはり戦前と戦後は、対象に向かう構えを変えなくてはならなかったのだ。決して連続しない。その構えができていなかった。

やむを得ず、一年以上前に終えていた、マイ年表の戦後を見直し、確認することから初めて(助走)、数日間かかって、年表から今日かろうじて離陸した。

そして思う。世界も日本も、いや歴史は、どの瞬間だって複雑に絡み合って動いていない時なんてなかったのだと。

今の情勢に、あきれているなどということではダメなのだと。

それにつけても、計画より、時間をかけて、じっくり取り組まなければならないということが自ずと明らかになる。

 

クラーラ・ツェトキーンを50年かけてやった。山川菊栄をまだ3年少ししかやっていない。それを思えば、私の生命と競争になることはやむをえなかろう。時間がたてばたつほど主体的肉体的条件は悪くなるはずだが、研究にはじっくり時間をかけたいという思いは募る。困った。担当の編集者さん。待ってください!待っていただけるだろうか。

 

フー吉は22歳、人間の寿命に換算すれば100歳を超えているという。年に2回ほどホテルを利用させていただいているM動物クリニックの先生は、「うちのにきている猫の中で一番高齢です」とおっしゃった。年に一度ワクチンを接種するだけで、病気にかかったことはない。クラーラ・ツェトキーンをやっていた時は、パソコンの上を歩いたりしていたが、今は私の膝の上で私の顔をこうしてジッと見ているだけで手を出さない。この目は「がんばってね」と応援してくれているのかな。とってもかわいい!

 

 

 

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