2017.01.25 Wednesday
1月24日ここを通った。三軒茶屋に行ったのだ。 いつのまにか、20年も通勤した世田谷線三軒茶屋駅が新しくなっている。 それに八王子の北野駅からここまで来るのに、便利になったような気がする。 もう8年近くたったのだもの当然かもしれない。
退職後、二つ目の作品が山場を迎えている。これに手を付けてからそろそろ3年が過ぎ4年目に入る。 今日、1月25日、或る章を、ばらばらにして構成を変えた。 どうやっても座りが悪い。どんなに複雑な箇所を扱っているとしても、いるからこそ構成の工夫が必要だ。 何度でも書き換えて見るしかない。納得がいくまでー。 この章を確固たるものにしないと、その先ががたがたになる。 誰もやったことがないこと、誰も書いていないところを、私の視点で書こうとしているのだから試行錯誤は当然だ。
今やっているところに関係する1982年の自分の論文を読んでみる。 全然ダメと思っていたのに案外そうでもない、使えるではないか、あのときよくこんなに書き込んだものだということも再認識する。そして当然、今なら、こう書くという気づきもある。1984年のもの、2013年のものをみて、それぞれ精一杯書いたのだということもわかる。
2013年の作品、最後のまとめの時の錯乱も甦る。そして当然不足点も。これは、今の作品で補っておこうと思うところもある。 今日25日は、78歳の誕生日だった。78歳ってどういう年齢なのかわからなくなってきた。今、高齢者の定義を65歳から75歳にしようとしているらしいから、どっちみち高齢者であることはわかる。 今は75歳以上を後期高齢者と呼んでいるが、後期というのは終わりに近いという感じがして気に入らない。 でも女性の平均寿命まではまだ10年もある。しかし、健康残存生涯生活時間となると10年なんてないだろう。いやあるのかもしれない。
7年続けている「高齢者傾聴ボランティア」で、特養老人ホームに行って、考え込んでしまう。 100歳以上、90歳以上の方たちがいる。人間の発達=人間らしい生活は、どんなに高齢になっても、一人一人異なった形であるのではないだろうか。そういうことをもっと研究する必要があるのではないだろうか。 今の仕事が終わったら、1992年に生活時間研究で日本家政学会賞までいただいたことを活かし、福祉環境総論や老人福祉論まで担当したのだから、そういう問題に徹底的に取り組んでみたいという夢をもつ。
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